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リン酸が効いてくると作物の品質が良くなることは農業者なら誰でも知っている。しかしそのための努力や投資をしている酪農家が非常に少ないのはなぜなのか?
飼料作物が良質化され、乳牛は健康になり、牧場の利益も増え、すなわちここに牧場の成功の鍵があるにもかかわらず!
前回は堆肥発酵の決め手となるC/N比(炭素率)について、嫌気性発酵の現場での事例を組み合わせて見てきました。 今回は、良質作物づくりをさらに現実的なものにするために、作物に不可欠なリン酸の有効化について考察してみたいと思います。

「燐は生物の生命現象に直接関連をもち、ほとんどあらゆる生理作用に関与している。なぜこのように生命と関係深いかを考えるには生命の起源から考察する必要がある。他の必要元素のように生物の進化の途上において必要性を獲得したのではなく、生命はスタートにおいて燐を構成要素として包括、発生したのではないかと著者は考えている。」
「現在、地球上に ―中略― 150万種といわれる生物が存在している。それこそさまざまの生物が存在しているが、いずれも燐を中心としてできたDNA(デオキシリボ核酸)を遺伝物質として保有する一系の地球型DNA生物であることは注目すべき事実である。」
「“燐がなければ生命も無い”ということもできる。それくらい燐は生物にとって重要なものである。このように大切な燐の資源である燐鉱石について、産業として稼行し得るものはわが国には存在していない。そのため、燐酸肥料をはじめとする燐酸工業用の燐鉱石は全量輸入に頼っている。」
(『燐と植物Ⅰ』博友社より抜粋)

このように研究者はリンの重要性を強調します。そしてそのリンの存在量は日本において非常に少なく、地球全体でも存在量の少ない資源です(表1参照)。そのため植物は、利用できる形態の燐酸が環境中できわめて乏しい状態に適応し、その獲得方法と、取り込んだリン酸を効率良く利用する代謝系を、長い時間をかけて作り上げてきたものといわれています。
それらについて詳しくみていきましょう。 (以下リン及びリン酸をP、チッ素をN、カリをK、カルシウムをCa、マグネシウムをMg、イオウをSと表現する場合があります。)
文献 |
Clark,F.W.and H.S.Washington:The
Data of Geochemistry(1924),The Composition of the Earth's Crust,U.S.Geol.Survey
Profess.Paper(1924) |
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PはN、Kとともに植物の主要な元素ですが、通常の植物体のPの含有率は新鮮重当たりわずか0.04%、乾物重当たり0.3%程度しか含まれず、炭水化物を除く植物体構成成分のおよそ4%です(表2参照)。Pを1とすると、その他の元素N、K、Ca、Mg、Sは20:5:2.5:2.0:0.5になります。しかしこのわずかなPが、これからお話しする素晴らしい働きによって植物の生活に深く関わり、そして支えているのです。
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植物名 |
Ca |
K |
Mg |
N |
P |
ヒマワリ |
2.2 |
5.0 |
0.64 |
3.6 |
0.56 |
ソラマメ |
2.1 |
4.0 |
0.59 |
3.6 |
0.55 |
小 麦 |
0.8 |
6.7 |
0.41 |
4.5 |
0.49 |
大 麦 |
1.9 |
6.9 |
0.54 |
4.7 |
0.52 |
エンドウ |
1.6 |
5.3 |
0.50 |
4.5 |
0.19 |
トウモロコシ |
0.5 |
3.9 |
0.40 |
2.9 |
0.39 |
文献 |
Miller,E.C.:Plant
Physiology,284,286,Mc.Graw Hill(1938) |
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DNA(デオキシリボ核酸) ― 遺伝情報伝達物質 |
DNAは自らと同一の個体を再生産する自己複製のための遺伝情報源であり、Pを主要な構成成分とし、すべての生物体に含まれます。DNAは、例えると鉄道の線路を右側にねじったようなもので、線路は糖(デオキシリボース)とリン酸基から成り、枕木は4種の塩基成分(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)から構成されています。この二重螺旋のDNAは細胞分裂の際、螺旋は1本ずつとなり、それぞれに同じ構造のものが複製されます。 |
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RNA(リボ核酸) ― タンパク質合成装置 |
数種のRNAがあり、DNAの遺伝情報に基づいて役割を分担し、植物体の構造や機能に関わる種々のタンパク質を合成します。RNAもPを主要な構成成分とし、すべての生物体に含まれます。

「DNAは遺伝、RNAは蛋白質合成という、言い換えれば生殖と生長という生物を形づくる二つの大きい作用を司るものであって、しかもDNA、RNAともに燐酸が軸となる主要な成分であることは生物にとって非常に重要なことである。」 (『燐と植物Ⅰ』博友社より抜粋) |
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リン脂質 ― 生体膜の構成成分 |
リン脂質は、植物をはじめとする生体に広く分布する複合脂質の一種です。
植物をはじめとする生物は、原形質膜、核膜、ミトコンドリア膜などの生体膜をもち、自らを外界から区分し、その内部では異なる性質や機能を保持しています。すなわち生体膜は異物の侵入を防ぐためのバリアーの働きをもつと共に、養分などの必要物質を摂取し、不要物質を排出するという物質の出入口の役割を果たし、細胞内の諸機能を円滑に働かせるための仕切りともなっています。
生体膜は養分などを水溶性物質として取り込むためには親水性(水分子となじみやすい性質)であることが求められます。しかし生物は主に水のある環境に存在するので、バリアーとしては疎水性(水分子となじみにくい性質)であることが求められます。この相反する性質を両立させるために生体膜は複雑な機能を持っています。
この生体膜の親水性、疎水性と膜透過性などの多様な機能を果たすために、Pが重要な役割を担っています。 |
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ATP(アデノシン三燐酸) ― 高エネルギーリン酸化合物 |
ATPは各種動植物組織に存在します。そして植物が活動する際のエネルギーの授受、伝達、保蓄を支配しています。またATPは分解の際に多量の自由エネルギーを放出して、植物の活発な代謝に非常に重要な役割を果たします。
植物体に存在するATPは、他のリン酸化合物より少ないのですが、その代謝回転率が非常に高いという特徴があります(表3参照)。たとえば活発に代謝しているトウモロコシの根の先端においては、少量のATPが細胞のエネルギー要求を積極的に満たすために、新鮮重1グラム当たり、1日で約5グラムのATPを合成します。 |
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表3 ウキクサ属のリン酸化合物の代謝回転と合成率 |
(Marschner,1986) |
リン酸化合物 |
量
(nモル/g新鮮重) |
代謝回転
(分) |
合成率
(ナノモルP/g新鮮重×分) |
ATP |
170 |
0.5 |
340 |
グルコース-6-リン酸 |
670 |
7 |
95 |
リン脂質 |
2,700 |
130 |
20 |
RNA |
4,950 |
2,800 |
2 |
DNA |
560 |
2,800 |
0.2 |
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糖燐酸エステル ― 低エネルギーリン酸化合物 |
グルコース-6-燐酸やフラクトース-1.6-燐酸など植物体には多種多様の糖燐酸エステルが存在し、細胞のエネルギーの充足に貢献しています。 |
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無機燐酸 ― 代謝調節機能とリンの貯蔵物質 |
光合成とそれに続く炭素代謝の調節など、植物細胞で重要な代謝調節を担っています。さらに貯蔵物質としてのPの役目も担っています。 |
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フィチン酸 ― 親から子への財産としてのリン |
穀類や種子にかなり多量に存在します。Pの供給が多くなるとすべての作物の登熟が進み、子実収量が増えるのはこのためです。そしてその大部分は発芽直後に分解され、主にリン脂質に取り込まれ、幼植物の生体膜の合成に使われます。 |
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含燐補酵素 ― 酵素作用の発現に寄与する物質 |
補酵素の中にはPを含むものが多く、Pを含む補酵素には生体における酸化還元、炭水素代謝、アミノ酸代謝などを触媒するものが多く、生体反応におけるPの重要性を示すものの一つです。
主なものはコエンザイム類、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、ピリドキサールP、チアミン2-燐酸などがあります。 |
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以上お話ししてきたように、Pは生命現象のあらゆる部分に深い関連を持っています。植物にとっては光合成で必須であり、植物細胞を構成する各種炭水化物、タンパク質、脂質をはじめとするほぼ全ての化合物の合成、代謝と細胞分裂において不可欠な役割を果たしています。 |
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リンの欠乏症状 |
Pが欠乏する土壌における最初の生育障害は、初期生育の抑制です。この障害はすべての植物に共通しています。P欠乏が強度に進行すると、初期生育が強く抑制され、細胞分裂・肥大も停止され、最終的に枯死に至ります。P欠乏が強度でない場合は、葉の発生と展開の停滞、下位葉の枯死、また分けつの停滞などの生育抑制が起こりつつ、ゆるやかに生育します。
根がある程度生育した後は根の伸長とともにPの吸収が次第に増加し、さらに下位葉から新葉へのPの移行が活発となり、生育は次第に回復します(図1参照)。
生育中後期の生育障害としては、花芽分化の抑制と子実や果実形成が遅延し、登熟はすべての植物で遅れます。

「少なすぎまた多すぎるリンの植物生育への影響はチッ素やカリの場合より顕著ではない。過剰が熟期を早めるので、大ていの養分より成熟期を促がすと考えられる。リンの欠乏は根と地上部に同じように影響し、萎縮した植物に特徴がある。多くの土壌は動物の栄養要求の立場からリンに欠乏した飼料を産しており、飼料中のリン含量を増やすために十分にリンを施肥するとこの場合の飼料の品質が改良される。」 (土壌・肥料学の基礎.養賢堂より抜粋) |
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